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パスカル講座 パスカルの著『パンセ』は、日本でもたいへん有名で、翻訳や解説書もたくさん出ています。ところが、その内容は、これまでほとんど理解されずにいました。 と言いますのも、この本は、パスカルの死後発見された1000あまりの「書き残し」を集めたも ので、それらをどうつなげて読んだらよいのか、個々の断片が何を言いたいのか、さっぱり判らな かったからです。 この書き残された断片的な原稿を「断章」と読んでいますが、その中には一、二行の短いものか ら、かなり長い文章のものまで色々と混じっています。長い文章のものは比較的まとまっていますの で、パスカルが何を言いたいのか推測することはできました。 しかし、それらの断章が全体としてどういう意味を持つのかということは不明でした。『パンセ』 を一貫した筋道のある文書として読むために、多くの学者が断章の順序を再構成しようとして努力し てきたのですが、それはほとんど不可能とさえ思われました。 西村浩太郎教授が、2000年2月に信山社(東京本郷)から出版した『パンセ─パスカルに倣い て─』(1、2巻)は、『パンセ』の写本を基礎にして、全断章の論理的なつながりを読み取り、全体を筋道の通った内容のある読み物に仕上げた、世界でも最初の書物です。 パスカルが書けなかった断章間の隙間を、西村教授がパスカルに成り代わって書くという大胆な試 みで、『パンセ』に属すると思われる1021の断章を順序正しく結びつけることに成功しました。 これまでの日本語訳はすべて、920から30程度の断章を訳すだけで済ませてきました。除外さ れた断章も、パスカルの思想を理解する上で重要なものばかりなのですが、翻訳することが非常に難 しかったのです。 西村教授の著書は、パスカルが遺したすべての断章の訳文と教授自身の文章とが渾然と一体化し た、非常に読みやすいもので、各ページには断章の位置を示す番号も入っています。 この本のフランス語版も現在準備中で、ピエール・マニャール・ソルボンヌ大学名誉教授の序文つ きで出版される予定です。 この本を執筆した背景には、教授の30年におよぶ徹底的な断章分析と『パンセ』全体の解読が あったのですが、今回その全容を、ビワコ・エディションのコーヒーブック「パスカル講座」とし て、ネット上で公開することになりました。 個々の断章の解釈とともに、これまで日本で出版された翻訳の検討も行っていきます。日本の哲学 研究の盲点となっているものは「翻訳」です。原典の厳密な解釈が求められている一方で、日本語訳 の方はほとんど問題にされません。 原典の内容などろくに判らなくても、キレイな日本語に置き換えればいいんだろう、ぐらいの安易 な気持ちで訳されたものが氾濫しています。これは、文学や小説などの分野でならともかく、哲学の 分野では許されません。たった一語の訳でも、とんでもない誤解に導くことがあるからです。 例えば、西村教授は、パスカルのmembre pensantという語を「考える手足」と訳しました。従来は「考える肢体」とか「考える四肢」と訳されていたものです。そして、『パンセ』全体の論理的な構造を「考える葦から考える手足へ」というロゴで言い表しました。 これは決して単なるゴロ合わせではなくて、パスカル自身の頭の中にあった『パンセ』全体の構想 だったのです。簡単に折れてしまう「葦」のような悲惨な人間が、キリストの「手や足」になって偉 大な生き方を目指そうとする。その原動力となるものが、「考えること」(パンセ)だという意味を込めています。 「考える葦から考える手足へ」という言葉は、『パンセ』の思想の軸になる重要な対語と言えま す。こういうことが判った上で読めば、この語呂合わせも決して捨てたものではないでしょう。 「パスカル講座」の中味をもっとよく知りたい方は、無料ブックレット「パスカルの『パンセ』を 読む会」をご覧ください。 「講座」と言いましても、先生が壇上に立って教えるといったイメージではありません。参加者が ネット上で意見を出し合って、みんなで『パンセ』のより良い日本語訳を作り上げていくという、世 界でも類のない試みを考えております。 西村教授には、そのディスカッションの原案を出していただき、リーダーおよび編者としての役目 を負っていただきます。 2007年の1月開講を目指しています。一回ごとにお送りするブックレットは有料で、税込み5 00円を予定しています。コーヒーブックのコーナーで予約してください。 皆さんの参加をお待ちします! |
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