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パンは不潔な手で持ってもかまわないが、寿司は困る、パンは乾いているが、寿司は濡れているから、とフランス人の友が言った。セ・ヴレ?(本当?)と小野しまと氏は問い返す。 何がキレイで、何がキタナイか。日本とフランスの清潔感を比べて、トイレの概念、パン屋の造り、握手やビズー(キッス)の習慣、ペットや寄生虫の問題、他社への愛や自己犠牲の意味などへと話題は飛んでいきます。 そういう雑談の中からしだいに浮き上がってくるものがあります。それは、清潔が文化のバロメータと言われ、さらには高潔のバロメータと言われてもよいことの真の意味です。 著者の小野しまと氏は、独自の「清潔の哲学」をバックに、ヨーロッパの接触の思想と日本の無接触の思想が和解する接点を、風呂と畳の生活に見いだします。 「文化とは、人間が人間に成ること」と、或る哲学者が言いました。動物としての人間が、真に人間としての人間に成ろうとする本能のようなものが文化願望だとすれば、清潔はその基準になるものであり、人間が本来もっている「欲望」だと言えます。 何がキレイで何がキタナイかということを知ろうとするあなたの欲求は、決して間違ってはいません。永遠のキレイを求めるのは、人間の本能であり、欲望であり、そして快楽だからです。これなしには、人間は生きていけないと言っても過言ではありません。悪いのは、清潔志向を病的な方向へ持っていってしまう現代の逸脱した風潮なのです。 清潔マニアとは、そういう病的な現象とは一線を画した人間の生き方だということを、小野しまと氏は、様々な雑談の中で明らかにしていきます。ここで語られる小事が大事なのです。 定価1050円(本体1000円) |
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あとがき ●本書では、紙幅の関係で次の章節を省略しなければなりませんでした。著者の許可を得て、全文 コーヒーブックの無料ブックレットとして、ご希望者に進呈いたします。コーヒーブックのコーナー よりお申し込みください。
ハエを叩いて三千里
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| 著者紹介 | ||||
● その他の本の情報は、下記をクリックしてください。 小野しまと著『イチロー・武蔵・西部劇─十割打者を目指す求道者─』 |
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